2020 The New Earth A travel report【17】OKiTALK フェスティバル
17.OKiTALK フェスティバル
動画版に関しては私の環境では非常に明瞭にセリフが聞き取れるのだが、スピーカーの特性によっては「聞き取りずらい」らしい。
特にスマフォでの視聴はBGMだけが強調され、セリフが聞こえないのでご容赦願いたい。
初期の動画に関してはほぼそのような状態であるが、すでにアップしたものはYoutebeでは修正ができないということを、ご理解いただきたい。
「2016年半ば、ウィーンの近くでOKiTALKフェスティバルがあり、世界中から人々が大挙して押し寄せた。
大会スケジュールなし、計画なし、舞台裏の責任者なしで、だ。
入場料もなかった。
それぞれの人が必要なものを持ってきて、自分のゴミは持って帰った。
そんなことは以前にはなかったことだ。
それは僕にレインボー・ギャザリングを思い起こさせた。
(訳注:rainbow gathering。
屋外で開催される、主催したい人々、または声の大きな者の合意にもとづいて開催される大規模なイベント運動)。
でも、そこにいたのはレインボー・ファミリーだけじゃない。
それぞれの人生を歩んでいる、あらゆるタイプの人々が集まってきたんだ。
みんなが平等。
それはアナーキー(無政府状態)で、ヒエラルキーの反対だ。
ここで僕たちが分かったことは、アナーキーはカオスと一切関係がないこと。
物事は、ここで自由に発展できた。
当時、僕たちは、大量のゴミを信じ込まされていたんだぜ」
不敵な笑みを浮かべて彼が言う。
「分かったよ」ネイサンのマインドが言った。
僕は、それを言ってもよいと判断した。
モジョーの話は中断していなかったが、話の流れがネイサンに口をはさむように誘っている。
もし僕たちが舞台にいるとしたら、まだネイサンの番じゃない。
ネイサンは僕の気持ちを受けて、何かを言いたい衝動を得た。
そして彼の頭の中で一番新鮮な考えを言った。
「分かった。僕たちは、大量のゴミを信じ込まされていたのか!」
モジョーが同意するように肯く。
「自分の時代に戻ったら、君がそれをするのを確認してごらん。
OKiTALKフェスティバルは、突発的で独創的なアイディアだった。
バンドも予約なしだった。
バンドの連中とはインターネットで個人的に知り合い、何回か会う機会があったので、僕たちはみんなそこへ出かけていった。
僕たちは自分自身のスターなんだ。
ルールは簡単だ。
最長2週間まで。
その後は跡形も無く去らねばならない。
それが入場費用だ。
最初の日は、車、キャラバン、トラック、干し草とあらゆるものを積んだトラクターが、何百台か到着した。
3日目になると数千もの、掘っ立て小屋、テントや家が至る所に出現した。
出鱈目な配置ではなく、周りにスペースを取り、道路や通路も確保されていた。
夕べには、みんなで大きな火を囲んで座った。
想像してみて。
中央の火の周りに、数千人の人たちが輪になって座っている。
ドラムの音が聞こえてくる。
ギター、バグ パイプ、ディジェリドゥーの音も。
(訳注:didgeridoo。アボリジニの楽器。
枯れたユーカリの木の中をシロアリが食べて空洞になったもの。
トランペット式に吹き込む)。
輪の中央で大勢の人達が歌い、踊っている。
突然、音程が一定の高さになった。
みんながその音に合わせてハミングし出した。
誰も合図していない。
ただ、太鼓の音が止んだのだ。
同じ高さで歌っている声しか聞こえない。
その声は、どんどん大きくなっていった。
みんなが歌っている。君もだよ。
そしてその歌声は叫びになった。
攻撃的な感じでもなければ、ひどく興奮した感じでもない。
むしろ、大人のクマに近いかな。
クマみたいじゃないにしても、僕の言っていることわかるかな。
こんな感じだよ。
HUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHH!! ドラムが突然鳴り出して、みんな飛び上がって笑い、歓声を上げていた。
そして彼らはみんな踊り始めたんだ。
そこら中で人々はハグしてキスしていた。
二日後にステージ設営会社の大きなトラックが到着した。
そのボスがウィンクして、しばらくの間ステージを設置したままにしてもいいか尋ねた。
彼は、フェスティバルを手伝うつもりで、自分のチームを率いてここに来たのだ。
OKが出た。
簡単に説明しよう。
皆が携帯やウェブカメラを取り出して、自分が知っているバンドをここに招いた。
その夜、最初の三つのコンサートが行われた。
ひどいバンドだったが、雰囲気は素晴らしかった。
それが始まりだった。
2週目の初めに ニーナ・ハーゲン(Nina Hagen)がステージに立ったのを機に、コンサートビデオが外された。
それまで何千、何万のビデオが流されていて、その中には有名なバンドも含まれていた。
その週の終わり頃には、大きなステージは7つになっていた。
登録を済ませたバンドに対し、人々が次に演奏するバンドに投票する。
どのバンドも、もっとも投票の多かった時間枠で演奏しなければならない。
他に もたくさんのリサイタルが、そこかしこの小ステージやテントで行われた。
スペースがきつくなると、そこでもやはり投票が行われた。
アナーキー・キャンプのデモクラシーだ!
2週目の終わりには、ざっと150万人がいた。
200万まではいかないだろうが、僕たちには推測することしかできない。
ものすごい数の人たち が、デモンストレートしたんだよ。
自分の面倒は自分で見れるし、しかも一緒になってたくさん楽しめることをね。
それは巨大なピース・デモンストレーションだった。
何かに反対するのではなく、こうして僕たちがお互いに平等に生きられることを示すためのデモンストレーション。
当時、そのまとめ役のプラットフォ ームがkonsensieren.euだった。
諸問題に関する合意を見出すのに必要なものを、すべて提供してくれた。
つまり、あらゆる人の興味が尊重されたということだ。
誰もが、自分の考えていることを表明するための、平等な機会と権利を持っていた。
そして誰もが建設的に参加できた。
だって、すべての提案が考慮される機会を得たのだから。
それは、SC ―― systematic consensus ―― の原則に基づいて投票されたんだ。
今日ではほとんどの人がSCアカウントを持っているが、多くの人たちは、それなしでどうにかしているし、もうほとんど利用しない人もいる。
何か解決すべきことが出てきた場合、潜在的に全世界が君を助けることができる。
当時のFacebookと同じだよ。
誰でも、その問題に対する意見をつけ足して、 自分の考えをシェアし、フィードバックを得ることができただろう。
今日でも僕たちが同じことをしているのが分かるよ。
ただ別の方法――建設的かつ合意的な方法――でだけど。
OKiTALKフェスティバルとそれに続くたくさんの他のギャザリングでは、konsensieren.euのアカウントを取得することで、誰もが問題解決に寄与できたし、助けも得られた。
プラットフォームから、多くの解決案を迅速に引き出せることが明らかになった。
僕たちが政治システムを無効にするのに、さして時間はかからなかった。
それは誰にとっても、もはや何の意味もないものだった!
政治家たちでさえ、その現象の論理性に言葉を失った。
そういうことが、僕たちの目の前で米国で起きたんだ。
僕たちは立ち上がり、自分たちの問題を自分たちで解決し始めた。
僕たちは、他者――何もせずに、ただ話すだけ―― を頼みに待ち続けることに飽き飽きしたんだ。
最初の政治家たちが自分のSCアカウントを作ると、政治はあっけなく消えた。
クーデターは必要なかった。
暴動も、感情的なスピーチも、幕引きの祝賀会もなかった。
それはただなくなった。
誰ももう一切興味がなかったからだ。
森に咲いている一輪の花みたいだ。
枯れて腐っても誰も気付かない。
今度は別なものが僕たちの興味を引いた。
Terra Nia、僕たちの地球だ。
僕たちの足下に横たわり、そこから世界へと平和を広め続けている地球。